実践リスク・マネジメント

リスク・マネジメントは2009年11月、国際標準(ISO31000)となりました。

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日本振興銀行の経営破綻から学ぶ 従業員側のリスク・マネジメント

(2011年3月 7日公開)

<提言>──武井勲(武井勲リスク・マネジメント研究所=TII=所長)

ビジネス情報月刊誌「エルネオス」2010年12月号掲載
 
■トップの暴走は時として企業を破綻させることもある。そんな場合、部下としての従業員たち
はどのようなリスク・マネジメントを行えばいいのか? 日本振興銀行にその教訓がある──

 

経営トップの暴走に巻きこまれないために

 女子バレーボール世界選手権で三十二年ぶりのメダル、横綱・白鵬六十三連勝の快記録、アジア大会で日本勢の大活躍等々、十一月はスポーツで楽しい、明るいニュースが続いた。だが、その一方でリスク・マネジメントと危機管理にちなむ話題も相変わらず続いている。そこで今回は、九月に経営破綻した日本振興銀行の例をとって、従業員側のリスク・マネジメントと危機管理について述べる。
 日本振興銀行のカリスマ経営者・木村剛・元会長らの不正行為は、この金融庁検査妨害のほか、(不当な融資を正当に見せかける)迂回融資も行ったと伝わる。企業に経営破綻というリスクをもたらすのは何か? 一見すると、すべてとはいわないまでもトップの暴走が主因になることが多い。従業員にとって健康を損なうペリル(損失の原因)は普通、暴飲暴食である。企業の経営破綻を招くペリルもまた、実は同じ。トップの暴(・)走、隠(・)蔽、忘(・)却、それに組織の腐蝕(・)である。
 経営トップや上司が「暴隠忘蝕」をしている場合、部下である従業員はリスク・マネジメントと危機管理ができるのか? 五年前、新会社法が施行されてから「記憶にありません、知らなかった」という免罪符は通用しなくなっている。
 日本振興銀行等のケースから「従業員のリスク・マネジメントと危機管理」の教訓を探してみよう。不祥事の防止や人生のリスク・マネジメントに役立つかもしれない。
①不正に巻き込まれるリスク
 従業員は不正に巻き込まれる罠と日常的に隣り合わせである。拙著『不祥事はなぜ繰り返されるのか―日本人のためのリスク・マネジメント―』(扶桑社新書)で、不二家、ミートホープ、白い恋人、赤福、船場吉兆などの意思決定やリスク・マネジメントについて述べた。例えば、ミートホープ(二〇〇七年に経営破綻)では偽装牛ミンチは、二十年以上にわたった。従業員たちがトップの不法な指示を黙認し、従ってきた結果だった。この会社の従業員はトップの命令に従うことで、不正に巻き込まれてきたことになる。
②会社が取るべきコンプライアンス(のリスク・マネジメント)対策
 九月号で示した「サンドイッチ型リスク・マネジメント(CSRとコンプライアンスのパンで、ガバナンスと内部統制と損失の危険の管理を挟むリスク管理)」でいえば、この事件は初歩的なコンプライアンス違反である。家族的な中小企業および小規模事業においては、トップの命令に背きにくい経営環境がある。この経営環境を改善するのは経営者にとっては簡単である。二つの基準をトップが示せばよいのである。
 一つは、何がコンプライアンス違反になるのかという判断基準であり、もう一つは、コンプライアンス違反と判断したらどのような行動をすればよいかという行動基準である。
 大企業でも、中小企業および小規模事業でも、従業員が不正に巻き込まれる事情と、それに対する経営者のリスク・マネジメント対策は同じである。だが違いは、リスク・マネジメントと危機管理のリーダーシップを発揮することの難しさである。
③コンプライアンス違反に巻き込まれるリスクの対策はあるのか?
 〇八年にNECの子会社で発覚した循環取引は、幹部社員、部下、取引先企業との共謀で行われた。帳簿上だけ各社の売上高が水増しされるのが循環取引である。昔からある企業不正の一つだ。従業員が巻き込まれる企業不正は、確信犯的なものと、メールやFAXの誤送信による情報漏洩などの不注意によるものがある。
 ずっと以前から伝統的または慣習的に行っていることで、毎日あるいは時折、ちょっと気になることはないか?それを問題にすれば、リスク・マネジメントと危機管理に直結することがある。例えば次のようなことはないだろうか? 
●従業員は、「上司の指示に従う義務があるから」、「仕方がない」、「逆らうと気まずくなるから」、「議論するのが面倒だから」、「嫌なこと、倫理的、道徳的、ビジネスの論理上などの観点からすれば納得できないが、自分の知らない奥深い取引慣行や規則があるかもしれないから」などの理由で盲従していることはないか?
●実際に不正を知ってしまったのに、何もしない、あるいは見て見ぬ振りをすることはないだろうか? これは、その不正行為を意識しながら黙認することではないか?
④コンプライアンスで大事なこと
 これは以下の三点で議論されよう。
1.誰に従うか? 上司の言うとおりにするのが大事なのか?
2.自分が正しいと信じることに従うことが大事なのか?
3.会社が定めた倫理綱領、判断基準、行動基準などに従うことなのか?
 結論は、道徳、倫理、法律等の面で、また人間としての正しさに従うことが大事ということになろう。
⑤上司に反論できない、話を聞いてもらえないときはどうするか? 
 そのような場合、〇六年に施行された公益通報者保護法に沿って、内部通報もしくは内部告発をすることも一法である。大企業には、ホットラインなどと呼ばれる内部通報・内部告発制度が整備されているところが多い。「上司の指示に反対の趣旨を告げたが、業務命令だと言われ、従った。自分は悪くありません」と通報することができるのだ。
 

不正が生まれる心理的な要因

 次に、従業員が陥りがちな心理的なリスクを整理して挙げてみる。まずは典型的な三つの例を示す。
①経営者暴走型の不正
 一つは、経営を持続させるために融資を得ようと粉飾決算をする。もう一つは、証券アナリストから高く評価してもらうことで株価を高め、株主からの追及をまぬがれようとして、実態以上に背伸びしようとする──の二点が経営者暴走型の不正である。
 こうする背景には、経営者の地位・評判の維持、保身をしたいという心理的な罠がある。つまり、経営能力の過信と虚栄がもたらすリスクだ。これをサンドイッチ型リスク・マネジメントで評価すると、社外役員・独立役員制度などのコーポレート・ガバナンスが機能していない典型的な例である。
 社外取締役や社外監査役が経営者をチェックできていないからである。
②「知能指数の高いバカ」型の不正
 これは、まず優秀な社員が巧妙に業績の数字づくりをする場合である。また、出世できなくなるのを避けたいと考えて不正を黙認するのも、このパターンである。
③不正認識欠如型の不正
 代表的なのが、本人は不正を犯している認識はなく、正しいことをしているつもりで不正に陥ってしまうパターンである。また、上司が昔ながらのやり方で「厳しく指導して成長させる」ケースもある。しかし、上司の執拗な叱咤激励はパワハラで訴えられる場合がある。大学、相撲部屋、大企業などに見られる。
 時代や世情とともに上司も部下も感受性が変わり、順法意識も変化する。それなのに、依然として昔ながらの対応でよいと思い、新たな環境に適応できないままに不正を犯す例である。
 このような典型的な例以外にも、組織運営上の問題がある場合がある。
 わかりやすいのは、ハンコの取り扱いに関わるリスクである。例えば、部長不在時に決済印を決裁権限のない部下に預けて押印させている企業があるが、これはハザードである。なぜなら、企業の経営資源(人・モノ・カネ・情報)が勝手に操作されやすい状況が放置され、その部下が不正の誘惑に駆られるリスクにつながるからである。
 組織運営は、職掌分担・権限委譲や、予測・計画・組織・指導・調整・統制(いわゆるPDCAサイクル)で行われる。これらの各局面で組織運営上の問題は出没するので、それぞれの局面でのリスク・マネジメントが必要になる。それぞれの局面でリスク・マネジメントの大中小のシステムを構築し、大中小の歯車をうまく回すことが必要になる。
 

内部統制は健全に稼ぐための仕組み

 日本振興銀行の経営破綻は、内部統制というリスク・マネジメントに失敗した例ともいえる。内部統制は、企業の営利を阻害しないものであり、正しいことを実行し、誤ったことは中立・公正な視点で早期発見・早期是正し、幸せな企業体を構築・維持することである。いわば「健全に儲け続けるための仕組み」である。不正・不祥事で会社が倒産しないようにするための仕組みである。従業員からみれば、個人が失業しないようにするための仕組みである。
 内部統制はリスク・マネジメントと一体となって初めて機能する。内部統制が健全に機能し、会社が儲け続けるためには、あらゆるステークホルダーに対してサンドイッチ型リスク・マネジメントを示さなければならない。それは、①コンプライアンス、②損失の危険管理(危機管理を含む資産の保全)、③内部統制、④コーポレート・ガバナンス、⑤CSR(企業の社会的責任)という五つの要素からなる。
 サンドイッチ型リスク・マネジメントのシステムが構築され、その大中小の歯車が、PDCAサイクルを通じ、組織のあらゆる部署、階層、地域等で回っていることが保証されていなければならない。
 日本振興銀行は破綻したが、日本相撲協会はコーポレート・ガバナンスがよい形になり、内部統制がリスク・マネジメントと一体となって機能し始めつつあるようだ。国技として、品格と神事的な文化、力士一人ひとりの心技体といった資産を保全し続けてもらいたいものだ。
 企業経営において、「まず金儲け」の活動は自動車のアクセルにたとえられる。「そんなことをすると不正になるからやめておく」というリスク・マネジメント・内部統制はブレーキにたとえられる。アクセルとブレーキを使うための判断基準と行動基準は、どこに求めればよいか?
 多くの企業は、危機管理の教科書のように讃えられたジョンソン&ジョンソンのように、「自社の社是」を、経営陣をはじめ社員の日常会議の意思決定にいたるまで基準としているだろうか。従業員は人間としてバランスの取れた判断と行動をしているだろうか?
 

各国首脳にも薦めたい『貞観政要』の精神

 この夏、私は有名な専門職大学院で「経営リスク・マネジメント」の講義をした。猛暑・酷暑・熱暑の中、九十分間の授業を十五回行った。社会人の大学院生の皆さんとのディスカッションは充実して、面白かった。そこで、ある方が、「リスク評価基準を作り、リスク・マネジメントと危機管理に強い組織の経営をするためにどのような本を読めばよいか、教えてください」と言った。
 この質問は、「リスク・マネジメントは価値を創造するものであり、組織のあらゆるプロセスに不可欠なものである」という、〇九年十一月に国際標準になったリスク・マネジメントの原則に対応しようとし、拙著『リスク・マネジメントの国際標準ISO 31000とそれが中小企業及び小規模事業に及ぼす影響について』への聴講生の反応の一つであった。
 私はしばらく考えて、『貞観政要(じょうがんせいよう)』を薦めることにした。「草創(創業)と守文(守成=維持)と孰(いず)れか難(かた)き……」、つまり、創業とそれによってできあがったものを維持していくのとどちらが難しいかについての問いかけでも知られる書だ。『貞観政要』は「唐の太宗」の没後五十年に記された言行録。北条政子、徳川家康もこの本を愛読し、長期政権の土台を築いた。
 私がこの本を読んで考えてほしい理由は、次の四点である。
①「組織ができてしまった」会社の人や官僚は、「守文」について考えてほしい。
②「独裁者的傾向」が強いと思われる社長、大学教授、公務員の方々に読んでほしい。
③「権力を握れば三年でバカになる」ことを示したAPECへの参加者(もちろん例外が多いが)にも、リスクを避けるには、諫議大夫を置き、その人の言葉に謙虚に耳を傾ける必要があることを知ってほしい。
 権力の固定は「阿諛追従(あゆついしょう)」や「イエスマン」を生じさせ、陰性の横暴な権力を振るう。それが取り巻きになると、ますます無規範がひどくなり、同時に「情報遮断」を生じさせる。個人の破滅、事業の失敗、一国の破壊はまず、このあたりから始まる。 
④「民主主義」では「民衆の一人ひとりが君主」という自覚をもつ必要がある。
 APEC横浜会議で展開された首脳会議を見ながら、この四項目が浮かんでしばらく消えない。
(この項、次号に続く)

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