実践リスク・マネジメント

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若者の「内向き志向」改善に向けた 国民教育のリスク・マネジメント

(2011年3月 7日公開)

<提言>──武井勲(武井勲リスク・マネジメント研究所=TII=所長)

ビジネス情報月刊誌「エルネオス」2011年1月号掲載
(URL:http://www.elneos.co.jp/)
 
■中国や韓国などの若者は積極的に海外に留学する一方、日本の学生たちは冒険心の
ない「草食動物」と評される。このままでは教育界にも「失われた十年」が訪れる──

 

ハーバード学長も指摘日本人の内向き志向

 今回は、「国民教育のリスク・マネジメント」について考えてみたい。
 教育のリスク・マネジメントを考えるための第一段階は、リスクの確認である。まず、教育の目標が攪乱されるリスクのチェックリストを作り、読者一人ひとりに日本の国民教育のセルフチェックをしていただこう。国民教育のリスクを特定した後で、「あなたならそのリスクにどう対処するか」を考えてもらいたい。
 そのために、明治以降、今日までに至る日本の教育の普通教育概念を中心に、その理念・目的、教育課程、内容、方法、制度、財政、政策、運動、歴史などを調べて、分析してみていただきたい。職業等、普通教育の範囲に入らない教育は除外する。調査方法としては改正教育基本法(二〇〇六年)を調べてみるとよい。
 今回は、〝日本の学生たち(若者)の内向き志向〟を一つの主要リスクと感知し、それに焦点を当てたリスクのチェックリストを作成し、リスクの洗い出しを試みる。読者の皆さんには、チェックリストを使いながら、リスクの測定・評価を試み、リスク対策の優先順位付けをしてほしい。
 海外から三十万人の留学生を日本の大学に受け入れる国策が進行中である。実際、多くの大学や大学院に外国人留学生が目立ってきた。現場で指導に当たる大学院の教授たちの話では、「日本人の学生たちはアジアなどからの留学生と積極的に議論し、交わろうとしない」。このような日本人学生は、いわば内向き志向のリスクの兆候であり、この状態が十年も続いたとすれば、教育における「失われた十年になる」という危機感を募らせているという。
 同根の兆候なのか、日本人のアメリカへの留学生数が激減している。二〇一〇年三月、初訪日したハーバード大学初の女性学長ドルー・ファウスト学長は、中国や韓国の留学生に比べ、「日本人留学生の存在感が薄い」、「(二〇〇九~一〇年度の)学部への日本人留学生は五人にすぎない」、「日本の学生や教師は海外で冒険するより、快適な国内にいることを好む傾向があるように感じた」と語った。
 学部・大学院を合わせた国別ハーバード留学生数で、日本は一九九九~二〇〇〇年度に百五十一人だった。その十年後の〇九~一〇年度には百一人に減少した。同期間に、中国は二百二十七人から二倍以上の四百六十三人、韓国は百八十三人から三百十四人に急増した。学長は「ハーバードの力は、優秀な学生同士が刺激し合うところにある。日本の学生にも全面的に門戸を開いている」と述べ、日本人学生の奮起を促した。
 では、ここ二十年ほどで日本人の米国留学生が減少した理由は何か? 二〇一〇年年四月、米「ワシントン・ポスト」紙は日本人減少の理由を「学生の安定志向が高まり、冒険心が薄れたため」とし、日本は「草食動物(grass-eater)の国」に衰退したのだ、と報道した。一方、日本のメディアは、「アメリカだけでなく、海外へ留学する日本人数自体が減少している」、「今までアメリカへ一極集中していた学生が他国へ流れただけで、留学生の数は減少していない」などと報道している。
 

教育の目的と方針のチェックリスト

 国際学習到達度調査(略称PISA)で、日本の十五歳世代の学力低下に歯止めがかかったようだ。この報道(十二月八日)は朗報であるのか、それとも(あまり喜べないという意味で)悲報ととるべきか? 読解力八位、数学応用力(リテラシー)九位、科学的応用力(リテラシー)五位と、三分野全部でいずれも順位を上げた。「読解力を中心に前回より学力向上していて、よかった」(高木義明・文部科学相)。上海は初参加で三冠を達成した。次いで韓国、シンガポール、台湾などアジア各国や、フィンランドなどに日本は差をつけられた。この結果は、授業時間の充実など、国の脱ゆとり教育路線の成果も表れた形で、文科省は得点下位層の改善など課題を認めつつも、「学力は改善傾向にある」、「今回こういうデータが出たが、追いつけ、追い越せで努力すれば、(トップクラスを)達成できる」と分析した。
 文科省は今後も、教員増員など学力向上策を進めていく方針。だが、財源不足などで一筋縄にはいかない面もあるらしい。
 教育のリスクについて分析を始めよう。リスク分析の視点を、二つに分けることにする。第一は教育の目標設定のリスク、第二は教育の方針のリスクという視点だ。
《教育の目的にかかわるリスクのチェックリスト》
 教育基本法第一条(教育の目的)は、「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」と謳っている。この目的を攪乱するリスクのチェックリストを作ってみた。以下の①~⑥の質問に、「はい」「いいえ」で答えてみてほしい。
 あなたの教育は、
①人格の完成を目指していますか?
②平和的な国家および社会の形成者として教育をしていますか?
③真理と正義を愛する教育になっていますか?
④個人の価値を尊んで(尊重して)いますか?
⑤勤労と責任を重んじるものになっていますか?
⑥自主的精神に満ちた、心身ともに健康な国民の育成を期していますか? 
 以上の六つの問いのいずれにも「はい」という答えが出てこない場合、コンプライアンス違反となり、あなたの教育のリスク・マネジメントは、見直し、改善する必要がある。
《教育の方針にかかわるリスクのチェックリスト》
 教育基本法第二条 (教育の方針)は次のように言う。「教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない」と。その趣旨、内容は、第一条に規定する教育の目的を実現するための道筋(方法)、心構え、配慮事項を規定したものである。第二条 (教育の方針)の対象は教育者のみならず一般国民を含むとされている。
 この教育の方針を攪乱するリスクのチェックリストを作ってみた。今回も①~⑤の質問に、「はい」、「いいえ」で答えてみよう。
 あなたは、
①教育の目的を、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現しようとしていますか?(教育基本法制定当時のように、それまでは学校教育のみで教育は終了したものと考え、その後の研究修養を省みない弊風を改めるため、学校教育と並んで社会教育が大いに振興されるようにするという意味で)
②教育の目的を達成するために、学問の自由を尊重していますか?(憲法第二十三条「学問の自由は、これを保障する」でいう学問の自由を侵してはならないとする消極的な規定をさらに進めて、積極的に尊重していこうとする意味で)
③教育の目的を達成するために、実際生活に即した教育を行っていますか?(教育なり学問なりが実際生活を基礎とし、そこから出発して行われなければならず、またその成果も実際生活に浸透していかねばならないという意味で)
④教育の目的を達成するために、自発的精神を養っていますか?(自ら進んで学問をしたいという気持ちを起こさせ、個人の研究的態度を養うという意味で)
⑤教育の目的を達成するために、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めていますか?(教師と生徒の間のみならず、教師相互、生徒相互の間に敬愛という心のつながりを持って、相互に教育し、教育され、協力一致していくところに偉大な文化の創造と発展が遂げられるという意味で)
 以上五つの問いのいずれにも「はい」という答えが出てこない場合、コンプライアンス違反となり、あなたの教育のリスク・マネジメントは、見直し、改善する必要がある。
 

元学力世界一国家の教育の真髄とは

 これまでで「あなた自身の教育」についてのリスクをチェックしてきた。その次の段階として、「あなたの考える日本の国民教育リスクにかかわるセルフチェック」をしてほしい。九問あるが、やり方は今までと同じだ。
①正解を急がず、競わせず、考える心を育てようとしていますか?②教育は投資と考え、社会全体で知の劣化を食い止めるべきだと考えていますか?
③知力は社会の豊かさの基盤になると考えていますか?
④今、何を知っているかではなく将来何ができるようになるかを目指していますか?
⑤「知識を再現する学習ばかり続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかないリスクになる」ことに気づいていますか?
⑥予期せぬ事態が起きた時、多くの情報から何を選び取り、どう生かすのかといった教育をしていますか?(アポロ13号の宇宙飛行士の命を救ったのは「未来型学力」、またはリスク・マネジメントと危機管理の果実といえる)
⑦学力世界一といわれたことのあるフィンランドの教育の神髄を二つ挙げるとすれば、「正解を先回りして教えないこと」と「他人と競わせないこと」だ。では、そのフィンランドセンターのヘイッキ・マキパー所長の言葉、「競争させて順位をつける教育のリスクは、下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思いこむ。どちらの人生にとっても、いい影響は与えないでしょう」を正しいと思いますか?
⑧日本は、大学生でも分数ができないと揶揄される。所詮は試験でいい成績をとるために頭に押し込めるという知識教育には喉元過ぎれば忘れてしまうリスクがあるのは当然と考えますか?
⑨日本人生徒の学力低下は、PISA調査で明らかになった勉強への意欲が際だって低いことと分かちがたく結びついている。単なる知識の量で成績や入試の合否が決まってしまう。そんな貧しい教育の姿に学力危機の核心があると考えますか?
 回答の読み方はもはや書くには及ぶまい。このチェックリストで考えていくと、教室(家庭、職場でも同じこと)で学んでいることが現実の生活に結びつき、今後の人生の選択や生き方につながっていく。そして、何よりも考えることが楽しくなる。想像力をかきたて、「何かができる」という創造力や手応えを感じさせる教育ができる気がしてくる。そのような未来志向型の教育ができるかどうか。そこが分かれ道(ターニング・ポイント=クライシス)になる。
 

トフラーが教えた企業と教育の速度

 ここまでで、日本の若者の内向き志向から、国民教育のリスク・マネジメントのプロセスをたどってきた。読者の皆さんは今、教育のリスクと危機の発見の仕方が見えてきたのではないだろうか?
 最後に、アルビン・トフラーの言葉を紹介しよう。トフラーは『富の創造』で、「企業が時速百キロメートルで高速道路を走っている時に、変化に即応できない人や組織がある。例えば法律の組織(裁判所、法曹協会、法科大学院、法律事務所等)などは時速一キロメートル、法律そのものも時速一キロメートル、豊かな国の政治機構(民主党、自由民主党など日本の政党)三キロメートル、国際機関(国連、IMF、WTO、万国郵便連合など)五キロメートル、労働組合が三十キロメートル、政府の官僚機構と規制機関二十五キロメートル、公務員制度十キロメートル、家族六十キロメートル、社会団体九十キロメートルといった具合である」と述べている。
 さて質問です。
 国民教育は時代のスピードに合わせるべきだと考えますか? 
 大学生の就職活動が長引き、就職が思うようにできないという実態は、重大なリスクである。企業が時速百キロメートルで高速道路を走れる学生を求めている時、果たして日本の学校や大学は時速百キロメートルにどの程度及ばないのか? その事実が特定できるならば、リスク・マネジメントと危機管理で問題は解決できる。見通しは明るくなるはずである。 
 (この項、次号に続く)

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