実践リスク・マネジメント

リスク・マネジメントは2009年11月、国際標準(ISO31000)となりました。

HOME

論文・出版物

超少子高齢化社会のリスク・マネジメント 「日本モデル」を構築し、世界に示せ

(2011年3月 7日公開)

<提言>──武井勲(武井勲リスク・マネジメント研究所=TII=所長)

ビジネス情報月刊誌「エルネオス」2011年2月号掲載
 
■1月11日、経済同友会が桜井代表幹事名義で提言を発表した。現在の日本の閉塞感
とその打開策を示したこのレポートをもとに、来るべき日本の未来を考えてみる──

 

十年後の日本に迫る五つの危険状態

 幸福を探求し、夢や希望に展望を開きたいウサギ年の年頭、二年参りや初詣で、メンタルなリスク・マネジメントを試みた人も大勢いたことだろう。そんな折、無明を開く一つの指針が出た。『2020年の日本創生 ─若者が輝き、世界が期待する国へ─』(経済同友会=以下、リポートと呼ぶ)である。
 リポートを読み込むと、この国の閉塞感を吹き飛ばしてくれそうな打開策が浮かび上がってくる。『失われた二十年』の因果関係もわかる。今回はリポートを元に、今後十年間に解決しなければならないリスクと、つかまなければならないチャンスを洗い出す。そして、政府から生活者個人にいたるまで、〝リスクを転じてチャンスとなすリスク・マネジメント〟を考えることにしよう。そして、「超少子高齢化社会のリスク・マネジメント・日本モデル」を構築し、世界に示すことは、世界に対する日本の貴重な貢献になると提言したい。
 最近二十年間近く、将来展望のないまま迷走を続けて来た日本は、十年後どうなるか?
「日本という国家のビジョン、経営理念および経営戦略」を描き出した点で、リポートは注目に値する。
 リポートは、まず政治経済面でリスク環境を作り出す五つのハザード(危険状態)を列挙している。
①二〇〇七年以降、今日も続く「ねじれ国会」
②その状況下での内閣総理大臣の相次ぐ交代
③金融危機(リーマン・ショック)を契機にした世界同時不況
④政権交代後の政権運営の迷走(小泉以降、安倍、福田、麻生、鳩山、菅内閣など)
⑤景気の停滞
 リスク・マネジメントの見地からすれば、これらのハザードは放置すると日本の価値を付加することなく、低下させる〝危険状態〟である。「混迷する日本」の様相を一段と深めていくことにつながってしまう。このようなハザードは、リスク・マネジメントを断行し、変えなければならない。リスク・コントロールが必要である。
 さらに、日本を支えてきた諸制度を大きく揺るがす環境変化としてリポートは、三つの社会的ハザードを挙げている。
①少子・高齢化と人口減少
②グローバル化の進展と新興国の台頭
③地球規模をもった課題の顕在化
 リポートのポイントは、「危機を好機にするために、二〇二〇年までに『この国のかたち』を正面突破で切り拓く」というものだ。まさにリスク・マネジメントの考え方にぴったりである。
 以下、リポートの概略をたどりながら、筆者流にリスクの洗い出しとリスク評価をしてみよう。
 

『日本再構築の鍵・10の決断と実行』とは

 リポートは次のような三部構成になっている。
第一部 日本を立て直す ~2020年までに、日本を再構築せよ
第二部 日本再構築プラン ~分野別「国のかたち」と具体策
第三部 「国のかたち」実現に向けた企業の変革 
 第一部は、「2020年までに日本を立て直す」という一種の国家目標を掲げたとみることができる。この国家目標を達成するために、「日本再構築の鍵・10の決断と実行」という具体策(計画)を提言している。「勇気ある『決断』か、先延ばしによる『衰退』か──日本を再構築し、活力と希望にあふれた国を創生するための『切り札』として、今こそ政治が『10の決断と実行』を決断し、実行せよ」というのである。
 リポートは四種の『日本再構築の鍵の決断と実行』を提言した。「第一に、国家運営(ガバナンス)の再構築を行う。第二に、財政健全化と社会保障の再構築を行う。第三に、経済再生と成長基盤の強化、そして、第四に国際社会の平和と繁栄への貢献である」が日本再構築の鍵だというのである。
 具体的に決断と実行をすべきだと主張しているのは、次の四種十項目である。
第一に、国家運営(ガバナンス)の再構築を行う
①二〇一八年(明治維新から百五十周年)に、「地域主権型道州制」を導入する。暮らしやすさや産業振興の面で、世界の主要国に伍して競い合える地域をつくるために。
②「政局」ではなく「政策」本位の政治を実現する。「一票の格差」を是正し、民意を正確に反映させ、成熟した「議院内閣制」を実現する。そのためにも、衆議院は「政権選択の場」、参議院は「良識の府」として役割分担を明確にする。
③二〇一一年度中に首相直属の「国家戦略本部」を創設する。その下に「経済財政諮問会議」「国家安全保障会議」などを設置し、経済・財政、外交・安全保障など重要政策の企画・立案を一元化する。これによって、戦略的・機動的な内閣主導体制を確立する。
第二に、財政健全化と社会保障の再構築を行う
④「二〇一〇年代後半にプライマリー・バランス黒字化」を達成する。二〇一三年までに財政、社会保障、経済の一体改革を実現する。これによって、国・地方の長期債務を圧縮し、GDPと同規模に削減する道筋をつける。
⑤「消費税を17%まで引き上げ、65歳以上の国民全員に月額7万円の基礎年金を支給する新税制、新社会保障制度」の改革案を二〇一一年度中にとりまとめる。二〇一二年度の法制化を経て、二〇一三年度より施行する。その理由は、少子高齢化、グローバル化に対応するためである。
第三に、経済再生と成長基盤の強化である
⑥国を開く──経済連携の戦略的展開。二〇一一年に環太平洋戦略的経済連携(TPP)参加を表明し、早期に日・EUの経済連携協定(EPA)を締結するとともに、二〇二〇年のアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)実現に向けた道筋をつける。
⑦産業構造改革を推進する──生産性向上、産業・事業の新陳代謝を促す。
⑧農業の経営基盤・国際競争力の強化。農業の大規模化、法人化を促す。
⑨世界をリードする低炭素社会の構築。「温室効果ガス削減一九九〇年比マイナス一五%程度」という国内目標に挑戦。技術革新、社会システムやライフスタイルの変革を促すためである。
第四に国際社会の平和と繁栄への貢献である
⑩主体性のある総合外交戦略を策定し、実行する。
 以上四種十項目の『日本再構築の鍵・10の決断と実行』は、提言に年次が入っているので、PDCAサイクルを廻すリスク・マネジメントとして、理解しやすい。
 

ニッポン・リスクの洗い出しとその対策

 リポートを元に、「二〇一一年から十年間に、わが国の政府や国民が直面しているリスク」を洗い出してみよう。
1.劇的な環境変化リスク
①急速に進む少子高齢化と人口減少リスク
 リポートが指摘するように、「世界で例を見ない速度で進む超高齢化と、働き手となる現役世代(生産年齢人口)の急減」は、日本の財政、社会保障、経済成長に深刻な歪みをもたらし始めているリスクである。一九九〇年に六十五歳以上の一人を十五~六十四歳の五・八人が支えた。それが〇九年には、二・八人で、二〇年には二・一人で、そして五〇年には一・三人で支える。支え続けることができるのは、現在が臨界点(ターニング・ポイントという意味で危機)ではないか?
②グローバル化の加速と新興諸国の台頭リスク
 これは、「国境を越えたヒト、モノ、カネ、情報の流れが拡大し、経済統合・連携が進んでいくリスク」である。環太平洋戦略的経済連携(TPP)、日・EUの経済連携協定(EPA)、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に象徴されるリスクといってよい。
③顕在化する地球規模リスク
 テロ、貧困、感染症、気候変動、資源・エネルギーなどの地球規模リスクが顕在化してきた。
④交渉・調整能力不足リスク
 わが国の交渉・調整能力が試される場面が随所にあるが、日本政府は存在感を十分に示していない。総理大臣はじめ閣僚や官僚、さらには産業界・財界リーダーたちの交渉・調整能力不足リスクを解決しなければならない。国家・民間のリスク・マネジメントを重要視しなければならない。
2.制度疲労にきしむ国家運営体制(ガバナンスリスク)
①政治課題解決先送りリスク
 政治課題解決先送りリスクとは、「ねじれ国会」、首相のリーダーシップ、政権運営体制、ビジョンなき政策運営、「政治とカネ」などのハザードのために、政治課題の解決が先送りされ、政治が停滞し、その結果、早晩国全体が危機に陥るリスクである。
②マニフェスト・シンドローム・リスク
 これは、与野党や世論が、マニフェストの内容は「すべて無修正で実行できる」、あるいは「まったく修正してはならない」など、誤った〝マニフェスト至上主義〟に捉われ過ぎた結果、政治の混迷に拍車をかけてしまったリスクである。
3.変化への適応能力に欠け、非効率さが目立つ「行政機構リスク」
 リポートは、「戦後の日本が欧米先進国へのキャッチアップを目標とし、経済復興と高度成長を達成した原動力の一つは、官主導による中央集権体制であった。しかし、グローバル化、情報ネットワーク化の進展、価値観の多様化など環境変化のスピードが速く、目標とすべきモデルのない今日、変化への適応能力に欠け、非効率さが目立つ行政が、この国の混迷を拡大している」と指摘している。
 この「省庁縦割り」「省益優先」「前例主義」といったリスクを、包括的に「行政機構陳腐化リスク」または「行政機構リスク」と呼ぶことにする。
4.地方の疲弊を招いた中央集権体制リスク
 中央集権体制が続く中で、地方の疲弊も進む。人口や経済規模は世界の主要国に匹敵するチャンスがあるのに、各地方の潜在力は十分発揮されていない。道州制の導入(二〇一八年がめど)が一つのリスク・マネジメント戦略に挙げられている。
 

四つのニッポン・リスクを克服するための方策

「ニッポン・リスクとは、日本が現状のままで放置した場合、国家・社会・家庭などの破綻につながりかねないリスクである」と定義しておく。
 リポートから読み取れたのは、次の「四つのニッポン・リスク」である。
1.劇的な環境変化リスク
2.制度疲労にきしむ国家運営体制(ガバナンスリスク)
3.変化への適応能力に欠け、非効率さが目立つ「行政機構リスク」
4.地方の疲弊を招いた中央集権体制リスク
 これらの「ニッポン・リスク」を転じてチャンスとするには、何をすればよいのだろうか?
 まず、①改革先送りリスクを廃し、次に②国家・民間のSWOT分析(組織の外的環境に潜む機会、脅威を検討・考慮したうえで、その組織が持つ強みと弱みを確認・評価すること)を行い、問題領域(弱点)を整理し、日本の「強さ」を押し出していく。そして③若者や高齢者も、その他の働き盛りの世代も、国民全体が夢と希望に輝く環境基盤を構築することだ。
 そのようなリスク・マネジメント・システムを維持していくならば、「超少子高齢化社会〝日本モデル〟」ができていく。日本は、超少子高齢化社会の先頭ランナーである。お手本はない。「超少子・高齢化社会〝日本モデル〟」は、ニッポンだけが創造できるものである。世界が注目すること必定である。
 その方法論としてリスク・マネジメントが有効であり、かつ効率的である。それゆえに「超少子高齢化社会のリスク・マネジメント〝日本モデル〟」と名付ける。では具体的に、どうすればよいのか?
 十年前、ビジネス・パラダイムの激変期にあった。当時の政界リーダーや財界・企業のリーダーたちは、進むべき方向性を見出し、すばやく意思決定し、組織を動かすことにより、国家や企業などの組織価値を最大化するように行動することが求められていたが、できなかった。十年前も、今後の十年間も『日本再構築の鍵はリスク・マネジメント』であることは、明らかである。リスク・マネジメントの決断と実行ができなかったのは、十年前の時点で、国家の「ビジョン、経営理念および経営戦略」が欠如していたからである。その結果、『意思決定機能不全』、『グローバル化対応の無策ないし遅れ』、『ガバナンス(国家統治ないし企業統治)の不在』の三大欠点を放置したまま、十年、いや二十年の歳月が無為に打ち過ぎてしまった。
 日本の政府・企業・個人等あらゆる組織は、この三大欠点を中心に、仕組みを改善し、リスクを克服し、国民を幸福にする国ニッポンに向かうべきである。
 第二次菅内閣にも、また、そのほかのあらゆる組織と個人にも、「リスクをチャンスに変えるマネジメント」が、求められている。政府・国民挙げてのリスク・マネジメントで、「超少子高齢化社会のリスク・マネジメント〝日本モデル〟」を構築し、維持していくべきである。
 その過程で、〝超少子高齢化社会のリスク・マネジメント〟のガバナンス、基本方針、リスク評価などを世界に発信していく必要がある。
(この項、次号に続く)

2016年5月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31